2014年9月10日水曜日

耐え難きを耐え、忍び難きを忍び【たえがたきをたえしのびがたきをしのび】耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び,難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ

昭和天皇による終戦の詔勅(玉音放送)中の一節。現代の言葉に替えれば「耐え忍ぶことが困難な(到底耐えられないような)ことも耐え抜いて、」といった意味となる。

玉音放送は1945年8月15日正午にラジオ放送を通じて国民に伝えられた。スピーカーから発せられる「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」との言葉を、伏して傾聴している国民の姿が、映像として今も残っている。この映像がテレビ等を通じて広く知られたこともあり、今日では「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の一文がほとんど終戦の象徴的な文言として扱われている。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言は、次のくだりに含まれる。(文字使いは読みやすさを重視して適宜変更してある)

「思うに、今後帝国の受くべき受難はもとより尋常にあらず、汝臣民の衷情も朕よくこれを知る、然れども朕は時運の赴くところ、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す」

関連サイト:
終戦の詔書 - 国立国会図書館