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10月 30, 2012の投稿を表示しています

切り上げ萬貫【きりあげまんがん】切上げ萬貫,切上萬貫,切上げマンガン,切上マンガン,切り上げマンガン

30符でも、場ゾロを含めて6飜以上あればマンガンとするルールのこと。30符6飜は、子が7,700点、親が11,600点になるが、切り上げ萬貫の場合には、子が8,000点、親が12,000点になる。

片和り【かたあがり】

役がなくて上がれない牌がある時に、役のある牌で上がること。例えば、1ピンと4ピンの両面待ちで1ピンだとタンヤオで上がれない時に、4ピンで上がること。

安牌【あんぱい】

麻雀で、他家に和了されない牌のこと。安全牌(安全パイ)ともいう。例えば、7ピンが4牌、8ピンが3牌、場に出ている場合、手持ちの8ピンを捨てても他家には和了されない。

赤ドラ【あかドラ】

表示部分が赤色で塗られた、ドラ扱いの牌のこと。一般的には5マン、5ピン、5ソーのそれぞれ1牌ずつ、合計3牌が赤ドラ扱いになることが多い。また、ドラ表示牌が4マンや4ピン、4ソーの場合には、赤ドラ1枚でドラドラ(ドラ2つ)扱いになることが多い。

変則二面待ち【へんそくにめんまち】変則2面待ち,変則リャンメン待ち

麻雀で、3面子ができあがり、残りの4枚の組合せが単騎待ちと嵌張待ちの組合せだったり、単騎待ちと辺張待ちの組合せだったりする状態のこと。例えば、マンズの8、8、8、9や、ソーズの2、2、2、4の組合せなどが挙げられる。

亜両面【ありゃんめん】

麻雀で、3面子ができあがり、両面待ちの片方が雀頭のような状態のこと。例えば、ピンズの7、8、9、9や、ソーズの2、3、4、4などの組合せが挙げられる。

多面待ち【ためんまち】

麻雀で、待ち牌が3種類以上あること。例えば、3面子ができあがり、マンズが3、3、3、4の組合せの場合、マンズの2、4、5で和了できる。多面張(タメンチャン)ともいう。

ツモ専【ツモせん】つも専

麻雀で、ツモ上がりしないと上がれない聴牌のこと。シュンツをフーロして、例えば、手牌に役牌以外のアンコが2組、トイツが2組ある場合などが挙げられる。

片和了【かたあがり】片あがり

麻雀で、待ち牌が2種類以上あり、上がれる牌が待ち牌の種類よりも少ない場合の聴牌のこと。例えば、ピンズの1、4、7待ちで4と7なら和了できるが、1ではタンヤオにならないため和了ができない場合などが挙げられる。

いずれまた

近い将来に、同じことが再び起きること。「木はいずれまた生えてくる」「いずれまたお会いしましょう」などのように用いる。

如何なもの【いかがなもの】

もっぱら「如何なものか」の形で用い、それはいったいどのようなものか、と疑問を投げかける表現。単なる問いかけではなく、婉曲的に否定や非難を表明するという意味合いが強い。

AndroidOS【アンドロイドオーエス】アンドロイドOS

スマートフォン向けプラットフォーム「Android」に含まれているオペレーティングシステムやアプリケーションプログラムのうち、特にオペレーティングシステムについて言及する場合の表現。多くの場合、「オペレーティングシステムの一種として把握されるAndroid」とでも言うべき、さほど厳密でない意味合いで用いられている。

撥油【はつゆ】

油分すなわち油性の液体をはじくこと、および、そうした性質を意味する語。いわゆる油汚れの付着や、油によるギラつき・ギトつきの低減などが期待できる。撥油と同様に、水をはじくことを「撥水」という。

了解を得る【りょうかいをえる】

趣旨や意図を理解してもらい承知してもらうこと、その通りに事を進めてもよいという同意を示してもらうことを意味する表現。「承諾を得る」、「OKを得る」、企業においては「決裁を得る」などとも言う。

揺籃の地【ようらんのち】

物事がそこで生まれて育まれた土地、ゆりかごの役目を果たした土地といった意味の表現。人物の出生地を意味する他、文化や文明の起源となった地を指すことも多い。

無闇【むやみ】無暗

結果を十分に考えずに、無思慮に行動するさま、加減を考えずやたらめったらと行うことなどを意味する表現。「むやみやたら」の言い回しで用いられることが多い。

凡庸性【ぼんようせい】

(1)ありふれていて特に目立った点も認められないという性質のこと、または、その程度を意味する語。凡庸であるという性質。
(2)「汎用性」(はんようせい)の誤り。「汎用性」とは、用途が限られていないさま、幅広い用途に使用できるさまなどを意味する表現。

畢生の大作【ひっせいのたいさく】

その人の全生涯における所産のうち、最も大規模、もしくは最も優れた作品を指す語。例えば19世紀の画家ポール・ゴーギャンの畢生の大作は一般的に「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」であるとされる。

非日常的【ひにちじょうてき】

いつも通りのありきたりな様子でないさま、日常とはかけ離れた異様さが感じられる様子などを意味する表現。語の成り立ちから、強いて「日常的でない」(非-日常的)と「非日常な感じがする」(非日常-的)に分けることもできる。